ブログ

Blog

トップ>ブログ

2024/04/04

自然に回帰する

芸術表現と整体は、その本質が人間の探求である点において、根っこは同じなのかなと思っています。
僕の考える整体は、自分自身の内側を見つめ、自立した自分を目指すことです。
身体に触れ、奥底にある要求を、術者も受け手も一緒に感じること。
出来るだけ余計な事はせず、身体と心の声に集中する。
近代以前は、そうした整体の在り方が身近にあったようなのですが、テクノロジーの発展に伴い、人々の価値観は変わり、生活の中から徐々に姿を消していったのだと思います。
それでも、子どもの頃に怪我をした際、親から「痛いの痛いの飛んでいけ~!」と手当をされた事があるでしょう。不思議と安心し、知らぬ間に怪我は治っていたと思います。
ITやAIなどの非人間的なテクノロジーに囲まれ過ぎてしまったことで息苦しさを感じている人も多いと思います。
そんな時代になった事で、前時代の整体の在り方を人々は、心のどこかで欲しているような気がします。

昨年亡くなった坂本龍一さんは、電子テクノロジーの発展に伴って隆盛を極めましたが、晩年は自然に回帰し、自然とテクノロジーが共存する楽曲を目指しました。
時代の風にもともと敏感だった彼ですが、東日本大震災の影響は大きかったように思います。
津波を被って調律の狂ってしまったピアノとの出会いをきっかけに、人間による人間だけのために調律された反自然的なピアノの音から遠ざかり、津波を被ったことで自然に帰ろうと調律を狂わせたピアノの音に自身を重ね、向かうべき方向性を見出したようでした。
そうして制作された「async」というアルバムは、非同期という意味で、皆が一つの大きな音に合わせるのではなくて、それぞれバラバラのままの音で共存するということを試みた作品になりました。
人間が自然から遠ざかり、人間らしさを放棄していく事への危惧を彼はしていたのだろうと思います。

テクノロジーの発達はこれからも加速していくと思いますが、先人たちの残したものに触れながら、自分のやり方を探していきたいと思っています。

自然に回帰する2
自然に回帰する2
自然に回帰する3
自然に回帰する4

2024/03/20

原初に思いを馳せる

野口体操を作った野口三千三は、「からだの主体は脳ではなく、体液である。」と言った。
野口三千三はかつで東京藝大で体操の授業を教えていて、生徒たちからはコンニャク体操と言われていたそうだ。

地球で最初の生命体と言われているのはアメーバのような「コアセルベート」といわれる生き物。
まだ、脳も内臓も筋肉も骨もなく、あるのは体液とそれを包む膜だけだった。
この生き物が、私たちの遠い先祖らしい。
この生き物に私たちのルーツがあることにピンとこないかもしれないが、私たちの身体にその名残はたくさんある。
ヒトの身体の約60%が水分と言われ、あらゆる内臓、骨、筋肉、皮膚が頑丈な膜で覆われている。
自分の身体を引き裂いて、身体の内部を覗いた者などいないから、自身の身体の中が実際どうなっているか見たことは無く、普段生活していてイメージすることはないと思う。
直接身体に触れることが仕事の自分にとって、目に見えていないその身体の内側までイメージすることの重要性をより強く最近考えている。
どんな細胞・組織も十分な体液(血液、組織液)に満たされてはじめて生きたエネルギーを通わす。
そんな「イメージ」と、「感覚」を養っていきたい。

原初に思いを馳せる2
原初に思いを馳せる2
原初に思いを馳せる3
原初に思いを馳せる4

2024/02/28

硬いことが悪ではない

硬いものを柔らかい状態にする。
この仕事の基本であり、シンプルな課題でもある。
あらゆる組織が拘縮すれば、しかるべき細胞に届けなければならない栄養素が届けられにくくなる。
こうした状態を避けることが、未病につながることは間違いないだろう。
日々、人の身体に触れていて、身体のあらゆる部分を柔らかくすることが全て良いわけでは無い気がしている。
その方の、今の生活の状況に合わせてある程度の緊張が身体にあったほうが良い場合もある。
働き盛りの男性などは、身体がぐにゃぐにゃの状態よりも外圧に侵されず、跳ね返すくらいの強さが身体に必要だったりする。その逆に、女性によくみられる首・肩まわりの過緊張が頭痛やメニエール病などの原因となるように、もう少し柔らかい状態であったほうが良いと思う。
硬さも柔らかさも自然の理にかなったものなら良いように思う。そこから逸脱した状態が不自然な症状として立ち現れてくる。つねに隙間をつくり風通しの良い身体にしておきたい。

硬いことが悪ではない2
硬いことが悪ではない2
硬いことが悪ではない3
硬いことが悪ではない4